染まるよ



...23




雨の中、桂とエリザベスが呼び込みのバイトをしていると、突然微動であるが、地面に揺れを感じ、二人は反応して周りを見た。

「ヅラ!!!!」

赤髪の中国服の女の子、神楽が愛犬の定春に乗って走ってきた。
びしょ濡れでとても急いでるように見えた。

「リーダー、そんなに急いでどうしたんだ」
「ちょっとツラ貸すネ」
「ツラじゃない!桂だ!」
「滑ってる場合じゃないアル」

神楽は桂を片腕で持ち上げ、自分の後ろ側に乗せ、エリザベスを見る。

「エリー、ちょっとヅラ借りるネ」
「お、おい。一体どこへ・・・おい何がいってらっしゃいだエリザベ・・・うおおお」

エリザベスを残して二人と一匹は去って行った。
桂がいなくなったから、どうしようもなくエリザベスは座り込むが、すぐに立ち上がりどこかへ消えた。
そのあとすぐに、遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。
音はすぐに大きくなって、さっきまでエリザベスがいた場所に数台のパトカーが止まった。
真選組の車両で、中から隊士が続々と出てきた。
いつものことだ、さっきの二人のやりとりで通行人が通報したのだろう。

「チッ・・・逃げやがったか」

先頭のパトカーから出てきたのは土方だった。
いつものように胸ポケットから煙草を取り出し、雨に構わず火を点ける。
咥えようとしたところで、「ふくちょー!」と山崎が彼を呼んだ。

「おう、どうだ」

山崎は自分の傘の中に土方を入れる。

「その・・・桂は巨大犬を連れた赤髪の中国服の女の子に連れて行かれたそうで」
「ああ?中国服の女?」
「どう考えたってアイツでさァ」

パトカーの窓から沖田が顔を出して言った。
ついさっきまで後部座席で爆睡していたが、そのキーワードにしっかり目は冴えたようだった。

「土方さぁーん、どうせあいつ今旦那んとこにいるんでしょう」
「・・・」
「どうすんでィ、あいつになにかあったら」

土方を睨みつける。
予想外のつながりに、土方はその強い視線から逸らした。
あいつに預けたのが、いや池田屋事件のときに洗っとくべきだったかと後悔する。

なによりも、彼女を万事屋に送ったあの日の不安がまた彼を襲う。

気づいたら、彼女の手を取っていた。

もう、ここには帰ってこないような気がして。



「どうするもなにもねえさ」

その声に、三人は一斉に振り向いた。
別件でいなかったはずの近藤が、腕を組んで立っていた。
髪はびしょ濡れで、山崎は慌てて土方から離れ、近藤を傘に入れる。

「大丈夫だ。何がどうなろうと、結局いつかは彼女が知るときがくる」

土方はその言葉に驚いて口から煙草を落とした。
沖田と山崎はまだその意味がわからずにいた。

「近藤さん、あんたわかってて万事屋に・・・」
「いや、俺は万事屋と桂の繋がりは何も知らん。だが、あの子を外に出したときから彼女が俺たちの元を去る覚悟はできてるさ」

遅れて沖田が理解する。
パトカーから降りると、近藤の前に立つ。

「近藤さん、あいつが去るって意味わかってんのか?」
「ああ」

沖田は「わかってねえ!」と言って近藤を睨み上げる。
雨に、沖田の栗色の髪が濡れていく。

「外にいることを選んだら、俺たちはあいつに刀を向けなきゃいけねえんだ!」

「ああ、そうだ。きっとあの子もわかってるさ」

その答えに、沖田の表情が少し動く。
近藤は微笑み、沖田の頭を撫でた。

「彼女が、決めることなんだ」

そう言うと、近藤は「今日は遅くなる」とだけ言い残しその場を去って行った。
山崎が傘を差し出そうとすると、近藤はそれを断った。


山崎は、何も考えられなくなって、ふとが初めて屯所に来た日を思い出す。
そのときも、この4人で彼女をどうするか話した。
沖田が問い、近藤が答えた。

だが、あのときから彼らの心境は変わっていた。

他の隊士より接点の少ない近藤でさえも、雨に濡れるために走って行った。

山崎は苦く笑った。

そのとき、彼の携帯電話が鳴る。
最近巷を賑わせている、辻斬り事件の新しい情報だった。




「ほんとびっしょびしょ。どこに行ってたの?」

は笑いながら、神楽の髪についた水滴をバスタオルで拭く。

「定春と散歩ヨ。それより、何か手がかりは見つかったか?」
「全然だめ。銀さんと新八くんといろんな可能性を調べたんだけどね」

外国も星も未来もと、は笑いながら数える。


「大丈夫ヨ、きっと帰れるヨ」
「だといいなあ」

少し動きがゆっくりとなった両手を、神楽は握る。

、こんな風に調べてて、もしあいつらのとこに帰れなくなっても、」
「覚悟は、できてるよ」

は悲しそうに笑った。

「それに、あそこにいればいるほど、自分が変わっちゃいそうで恐いの」

つながった手から、の小さな震えが伝わってくる。

「本当の帰る場所よりずっと、強い場所に思ってしまう気がするの」

神楽は手を離し、彼女を抱きしめた。
は驚くが、すぐそのあたたかさに涙が出てくる。

「違うヨ、、違うネ」
「か、ぐらちゃ・・・」
「私も同じヨ、同じように万事屋が大好きネ!」

神楽は抱きしめる力を強くする。

「でもパピィと比べたりなんかしないヨ、だって本当はしてないネ」


神楽から漂う、雨の優しい匂いに、は目を閉じた。





は、あいつらと一緒にいる理由がほしいだけアルネ」



は少し驚いた表情をして顔をあげ、神楽を見つめていたが、すぐに微笑む。


「ありがとね、神楽ちゃん。今日、定春くんと私のために何か調べてくれていたんでしょう」


少しだけ乾いた、神楽の髪を撫でた。






二つとなりの部屋で、桂は驚いて目を見開いた。

「異世界から人間を買ったという噂は聞いていたが本当だったか・・・」

ぜひ話を伺いたいものだと、神楽が消えた方を見て言った。
新八が息を呑んで聞く。

「やはりさんは、天人ではなかったんですね」
「しかし、その売買は失敗に終わったと耳にしたが」
「失敗、ですか?」

桂は頷いた。そして焦ったように寝転がって鼻くそをほじくる銀時を見た。

「だが銀時、このことにはあまり首を突っ込まない方がいい」
「なんでだ?」
「春雨が一枚噛んでると聞いている」

銀時はふうん、と興味なさそうに答えた。

「そらぁ攘夷浪士じゃ、異世界の人間なんて呼べねぇよなあ」
「いや違う。春雨と手を組んでる攘夷浪士がいると噂に聞いた」

銀時は思わず起き上がる。

「あぁ?なんで天人と攘夷浪士が手を組んでんだ?わけわかんねえな」

そのとき、銀時の背後の襖が開く。

「銀ちゃん、寝ちゃったヨ」
「しゃーねーな、いまいく。新八、布団用意しろ」
「銀時、俺はそろそろ行く」
「おう、ヅラァ、このことは」
「ヅラじゃない、桂だ。わかった、他言はしない」
「ありがとよ」

桂は立ち上がると、神楽と目が合った。

「ヅラ早くエリーのとこに帰ってあげるヨ、きっと心配してるネ」
「ふ、無理やりつれてきたのはリーダーではないか」

桂は笑う。

のパピィもマミィもきっと心配してるネ」

肩を落とす神楽と襖の隙間から、畳の上で眠る少女が見えた。


「想像以上に、癖のありそうな子だ」


雨はより、強くなっていた。



2009-05-13