...07
帰りたい。ここに私の居場所なんてない。
何も言い返せないのが悔しい。
ドアを開ければ真選組に頂いた個室。
箪笥を開ければ近藤さんに買ってもらった着物や浴衣、日用品
押入れか出した布団は真選組のもの。
近藤さんは頼ってほしいと言ったけれど、これ以上。
こんなによくしてもらっているのに、帰りたいっていうのは最低かもしれない。
そこに目に入ったのは、自分と一緒についてきた鞄だった。
鞄から出したもの。電源の切れた携帯電話、ふでばこ、数冊の教科書、ジャージ。
ここに来る前はあんなに嫌だったそれらが、今では故郷を思い出すにおいとなる。
「さん、ちょっといいですか」
障子の向こうから山崎さんの声がする。なんだろう。
いつの間にかこぼれていた涙をふいて「あいてます」と答えた。
開く音がして、姿勢を正して見ると山崎さんと原田さんの二人が中に入ってきた。
男が入るとき襖は開けっ放しにするという決まりに則って、原田さんは閉めなかった。
「原田さん、帰っていらしたんですね。お仕事お疲れさまです」
「おう」
二人は私の前に胡坐をかいて座った。
「沖田隊長のことなんですが、あまり気にせんでください」
そのことのためにわざわざと目を丸くする。
「あの方は、ちょっと口下手で・・・沖田隊長なりに応援してくれたんですよ、きっと」
「応援?」
「その、えっと・・・」
山崎さんは目を泳がせながら原田さんに目配せする。
「えっと、沖田隊長は、その、早く何かできるといいねと」
「バッカ原田!それじゃあそのままの意味!」
「じゃあお前どう取ればいいんだよ!」
焦る二人に思わず笑ってしまった。
二人がわざわざそのことのために来てくれたということが嬉しかった。
「二人とも、ありがとう。沖田さんが悪い人じゃないっていうのはわかってるよ」
怖い人だとは思うけどね、と付け足す。
「言い返せないのが、悔しかっただけなの」
そう言うと、しばし沈黙が続く。
いたたまれなくなったのか原田さんが教科書をさし「これは?」と聞いてきた。
「教科書だよ。これで勉強してたの」
「うわあ、全然わかんねえ・・・」
数学の教科書を見て、原田さんは呟く。
山崎さんは覗き込んで絶句した。
「大体真選組の連中は寺子屋なんかいってねえ、剣しかとりえがない奴らばっかでさ」
「剣さえもここでは埋もれちゃうけどね」
ハハ、と山崎さんは笑った。
すると原田さんは何か思いついたように「あ」と言った。
「なあちゃん、俺が非番のときに勉強教えてくれないか?」
「私が?」
「おう。ちょっとずつでいいからよ、教えてくれよ」
いきなりの原田さんの頼みに目をパチパチまばたく。
「前から喧嘩以外なにもできねえのが悩みでね。せめて人並みの学がほしいんだ」
「あ、俺も!俺もお願いします!」
気を遣ってくれてるのかな。困ったように笑うと、原田さんは首をふる。
「気遣って言ってるわけじゃないからな!考えてみろよ、
将来子どもにパパわかんな〜い教えてって言われたときの俺。」
「うわ〜リアルな妄想してんな原田」
山崎さんはにやにやと笑う。
「俺もミントンとカバディ以外なんにもないしね」
「でも、勉強はあんまり仕事と関係ないと思うよ?」
「趣味でやりたいんだよ、な、いいだろ?」
ぐいぐいと体を乗り出して頼んでくる原田さんに、私は頷くしかなかった。
そうは言いつつも、自分が役に立てることが見つかったかもしれないと、少し嬉しくなった。
2009-03-10