...08
土方は風呂のあと自室へ向かっていた。
ふと顔をあげると、自分の部屋の隣、の部屋の襖が開いていて、光が漏れている。
こんな時間に誰がいるのかと部屋を覗いた。
「ここをこうするの」
「あ!そうか!できるかも」
「え、俺どうすればいいの、ちゃん」
中には十番隊の面々と山崎の後姿。
そしてその前には机を挟んでが嬉しそうに微笑んでいた。
机の上には紙がそれぞれに置いてあり、一生懸命隊士が何か書き込んでる。
煙の匂いに反応して、が顔をあげた。
「あ、土方さん」
その声にビクゥッと反応して、隊士たちはそれぞれ姿勢を正し土方の方を向いた。
その様子を見ては笑う。ふと土方はよく笑うようになったなと思った。
つい数日前は、常に下を向いて楽しくなさそうにしていたのに。
「何してんだ」
「ちゃんに勉強を教えてもらっていました!」
原田が答える。
土方は中に入り、机の紙を手に取った。
「勉強?」
「はい、最初は俺と原田だけだったのにこんなに増えちまって」
「ちゃん、すごい教えるのうまいんですよ!」
困ったように、いや嬉しそうに笑うに、いつも声が小さくて怒られている隊士。
普段はでかい顔して道を歩いている奴らが、一人の少女の前に正座している光景は異様だった。
紙を見ると簡単な数式が並んでいた。
土方は寺子屋にはほとんど通っていなかったものの、
報告書などのために独学で勉強していた。
「おまえらこんなのもわかんねえのか」
「!副長はわかるんですか?」
「あったり前だ。これをここにほうりこんで計算すんだよ」
「副長、代入っていうんですよお。知らないんですかぁ?」
にやにやする山崎に、土方はゲンコツをお見舞いする。
いってえ、と涙目になるのを見て、はくすくすと笑った。
こいつこんなに笑う奴だったかと土方はふと思う。
数日前の、下を向いて歩いていたを思い出す。
「みんな本当覚えいいよね、びっくりした」
「ちゃんの教え方がうまいんだよ」
原田はポンポンとの頭を撫でた。は「そうかなあ」と言ってへらっと笑う。
その二人がなんとなく苛立った。
「お前ら十番隊は明日早ぇだろ。もう寝ろ」
「え、でも・・・」
「副長命令だ」
「はい・・・」
原田たちはに口々に「ありがとな」「また今度教えてね」と言い、ドカドカと部屋から出て行った。
「山崎ィ、お前もだ」
「え?は、ハイィィ!」
山崎は土方に睨まれ、こけそうになりながら慌てて出て行った
土方はを見る。は不思議そうに首を傾げた。
「夜分に男を部屋に連れ込むな」
「連れ込む?違います、私は、」
「ただでさえ若い女が同じ屋根の下にいるってんで隊士が浮かれてんだ。
これ以上隊の規律を乱すようなことをしたらこちらも考える」
は不満そうな顔をする。土方に後悔の様子はない。
どこか他人行儀なものの言い方。
彼女がいつもひっかかる、土方や沖田の話し方だった。
「女中の仕事ができなかったから、先生ごっこか?」
「ごっこじゃないです!そりゃ、家事はするなといわれましたけど・・・」
土方は机を挟みの前に胡坐をかいて座る。
「お前無理して仕事する必要なんかねえよ」
「無理してなんかないです!それに、居候している身ですから」
はこっちのせいでここにいることを知らない。
こっちの都合で、真選組にいることを知らない。
「んなこと気にする必要なんかねえよ。こっちは保護してんだ。
何か役に立ってもらおうと思ってここに置いてんじゃねえ」
「でも、役に立ちたいんです!それに、教えるの楽しくて自分からやってるようなものなんです!」
一生懸命話すに、土方はため息をついて立ち上がる。
「勝手にしろ」
「え?」
「アホすぎて手に負えなくなっても知らねえからな」
「ありがとう!」
の笑顔に、頬が緩みそうになるのを抑える。
十番隊の雰囲気が変わったのも、こいつのせいか。
「ここよりも会議室のが広ぇよ」
そう言い残し、土方は部屋から出て行った。
部屋から「あ、ありがとうございます!」と声が聞こえた。
つい笑ってしまう。
正直、あの女を見る度にイライラしていた。
総悟もそうだったのだろう、天人もいない、
すぐ近くに血の気もない、平和な世界から来た女。
奴がつい何か言いたくなったのもわかる。
でも血の気の多い隊士に、ごく自然と溶け込む彼女。
戦いを知らない彼女の笑顔に癒されているのか。
「いや、違ぇな」
必死にこの世界でもがいている彼女に、手を差し伸べたくなったのだろう。
不思議な女だと、土方は思った。
2009-03-11
ちなみに主人公はまだ本性出してません。酔っ払いで道の上に寝る子ですからね(笑)