染まるよ



...11



「山崎さん・・・好き」

沖田隊長から全力でちゃんを守ったその夕方。
珍しく昼の間に仕事が上がって、沖田隊長に警戒しながら帰ってきた俺を迎えたのは、
下駄箱の「会議室で待ってます」とカワイイ文字で書かれた手紙。
これはもしや!と瞬時にその場所へ向かうと、いつもの席にちゃんが。
いつもと様子がおかしくずっと俯いていて。
話しかけようとすると、先ほどの爆弾発言を頂いたわけで。

嬉しいけど、しかし。待て自分。

ちゃん、気持ちはすごく嬉しいけどね、俺は真選組の一員であって隊士の規律を乱してはいかんの」
「ヤキイイィィィィィィィ!」
「ええええええ!?」

嫌な予感がして振り返ると、ニヤッと笑った沖田隊長が立っている。そしてその手にはカメラが握られている。

「俺は他人を許せない性分でィ」
「ごめん山崎さん・・・脅されちゃった(笑)」
「(笑)じゃないよおおおお!!」

ごめんって言ってるけど完全におもしろがってる!
こいつら人の気持ちを弄びやがってええええ!

俺は気持ちに任せてちゃんを右腕で担ぎ上げる。

「うわあ!ちょ、待てよ山崎!」

動揺するちゃんは数個年の離れた俺をあっさり呼び捨てにする。
腹の中で俺をどういう扱いをしているかバレバレというかなんというか・・・。

「山崎、をどこに連れてく気でィ。お前ごときが俺からは逃げられるもんかィ」
「山崎!勉強会あるんだって!」
「個人授業でお願いします!」

もうひとつの扉に手をかけようとすると、その前にそれが開く。
恐る恐る前を見ると、鬼のような形相の副長が立っていまして。

「山崎ィ、テメェ帰ったら一番に報告に来いっつったよなぁ?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
「土方さん、助けて!!山崎さんが私を無理やり部屋に・・・」
「ええええええ」
「やーーーーーーーまざきぃぃぃ!」

ひるんだ瞬間、ちゃんは腕からするりと抜け、沖田隊長の下へかけていく。

「総一郎くん、約束の」
「これですねィ」

そう言ってちゃんが受け取ったのはかっぱえびせん(小袋)。
悪女だあああ!あの女、朝自分のために命はった人をかっぱえびせんで売りやがった!!

「山崎、どこ見てんだコラァ」
「うわあ!」

ちゃんはこっちを見てニヤッと笑う。



 ふと、俺はこんな時にほんの数週間前を思い出す。
それは彼女がまだ女中業を一生懸命やってた頃。(まだ大人しくて可愛かった頃)

 そのとき俺はちゃんの身の回りの世話という名の元、彼女を監視していて、
皿を割ってしまった彼女と一緒に、トミさんに謝っていた。

「なんで謝ったんですか?私が悪いだけなのに」

そのとき俺はムッとした。一緒に謝ってやったのになんだその言い草は。こっちは仕事でやってんだ。

「ほら、その顔。こっちは仕事でやってんだって顔!」
「え?」


今俺笑顔だったよね。"困ったような笑顔"、作れてたはずなんだけど。

「土方さんも沖田さんも、話すときみんなそんな顔するんです」

俺が知ってる限り、副長や沖田隊長はそんな笑顔は作らない。

あの人たちの微妙な表情の変化を、読み取れるはずがない。

この子には一体何が見えてるか、少し興味が沸いた。

「それに私、何もしませんから。怪しむような目で見ないでください!」

俺はどうやら監察失格らしい。こんな年下の女の子にも表情を見破られ、
そのうえ監視ということまでバレちまってるなんて。

いや、もしかしたら、いやきっと、この子は彼女自身も無自覚なままに、いろんなことを見通しているんじゃないか。

その夜、わざわざ大部屋に俺を探しに来て謝ったちゃんにまた驚くことになる。

そして、俺は気づく。
この子には生半可な気持ちで接していい相手ではないこと。

そして、俺は仕事なんざ関係なしに、この子を護っていこうと決めたわけで。




痛い。ズキズキと肩が痛む。
またあの鬼は肩中心に殴りやがった。ミントンできなくなったらどうすんだ。
これは朝、副長に沖田隊長を任せようとしたバチなんだろうか。

いや一番バチが当たって当然の人物は、今頃かっぱえびせんをおいしく食べてるんだろう。

もうあんな女、誰が護るか。
明日の朝、沖田さんに寝込みを襲われればいいんだよ。ああもう勉強だって自分でしよう。
教わりになんかいってやんないからな。

大部屋の角に差し掛かり、顔をあげると俺は目を丸くした。

「あ、やっと来た」

廊下の壁にもたれていた体を起こす。その表情はどう見ても嬉しそうに俺には見えてしまう。
彼女は不意打ちをつくのがうますぎる。

「ごめんね、山崎さん。大丈夫だった?」
「大丈夫だよ・・・じゃない!もう散々な目にあったよ」

言葉と裏腹に、えへへと笑うちゃんに胸が高鳴る。

「だからごめんって。これ、一緒に食べません?」

ちゃんに手に持つのはかっぱえびせん。


こんなことで許してしまう俺は、もしや女の子の笑顔に弱いのか。

それともこの悪女に弱いのか。

そんなふうに思いながらも、俺の頬はもうゆるゆるで。


「もう呼び捨てはしないの?」
「・・・やっぱ聞こえてました?」

2009-03-11