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今日はやたらみんなが機嫌がよく、わけを聞いてみると今日は給料日なのだという。
私ももらえるらしいけど、いまいちしっくりこない。
バイトしていたときは、給料日はあの服がほしいだとかあのCDがほしいとか
うれしくてしょうがなかったものだけど、いまは自由に屯所の外にも出れないからほしいものも特にない。
ていうかお給料ってもらえるのかな?食費代とかいろいろ差し引いたら隊士たちの命をかけた仕事に比べて私の仕事だったらゼロになりそう。
そんなことを思いながら、新しい剣を買うとかあの子をデートに誘うとかで盛り上がる隊士を横目に私は朝食を食べていた。
「それでね、給料は夕食後に集会所で一人ひとり渡すことになってるから」
「え、あ、はい」
「・・・聞いてた?」
「うん、ちょびちょび」
「もう、ちゃんは!」
いつのまにか私に話しかけるほうが悪いよ、と心の中で悪態をついて、「もう知らないからね!」と一人でぷんすか怒る山崎さんを睨む。
まあそんなことは置いといて、今日は八番隊の非番の日だ。
このまえはどこまで進んだかなと手帳のページを捲った。
「ありがとな、ちゃん。今日もわかりやすかったぜ」
「うわー、いつも言わないことを!給料日マジックだね」
「そういう言葉は黙って受け取っとくの!」
夕食の時間になり、八番隊の隊士さんたちは会議室から出て行く。
褒められたものの、手帳に書き込まれた進み具合はちょっと考えもので。
隊士さんたちはぜんぜん悪くない。教え方が悪いのだ。
やっぱり小学生レベルの問題だと自分にとっちゃ簡単すぎで、隊士さんたちがつまずく理由もよくわかんなくて。
説明に手こずる私を見て、隊士さんは落ち込んでしまう。
たぶん自分がいまやってる勉強を教える方がわかりやすくできるんじゃないかなって思う。
勉強を教えてもらうとき、先生より自分よりちょっとできるくらいのクラスメイトのがわかりやすかったのはたぶん同じ理由。
襖の向こうを通り過ぎる隊士さんの浮かれた会話にまたため息をつく。
私なんか、先生っていってもついこの前まで教えられる側だった人間だったし、お金もらえるほどじゃないのに。
ていうか最近私生意気すぎないか。慣れてすぎてないか。
早く慣れないとって思ったけどこんな大切に思うくらいこの星に、真選組に慣れてしまった。
甘えがでてきてる。なんか、自分が気持ち悪い。
「今月もよく働いてくれた。お疲れさま!」
近藤さんは山崎さんにお給料袋を渡す。ソッコーで山崎さんは中身を見てニヤリと笑った。
受け取る隊士さんはみんな同じようにする。こっちでも普通は渡した人の前で見ないものだと思うけど、ここでは関係ないらしい。
「じゃあ次、」
土方さんに名前を呼ばれ、嬉しそうに話をするみんなの間を歩いて、近藤さんの前に正座する。
「ちゃんがここに来てもう一ヶ月か」
「何十年もいる貫禄がありますねィ」
「うるさいな」
「はっはっは!そこまで慣れてくれるとは俺はうれしいぞ!」
そう言うと近藤さんは横に置いてある封筒を自分の前に置いた。
「ちゃんが勉強を教えてくれたおかげで、隊士たちの非番の過ごし方も本当に有意義なものになっている。
真選組一同、感謝している。これからもよろしく頼むぞ」
近藤さんは私に封筒を差し出した。私はお礼を言ってそれを受け取る。
手に感じる厚み。びっくりする。
思わずみんなと同じように中を覗いてしまう。
壱万円と書かれたお札が数十枚も並ぶ。
「こ、こんなにいただけないです!」
私は危ないものに触ったみたいに封筒を前に置いた。
後ろから聞こえたにぎやかな声が静まる。
喜ぶと思っていたんだろう、近藤さんは驚いた表情になる。
わかってる。封筒の中を覗くことよりも、こんなことがずっと失礼なことぐらい。
「私、こんなに働いてないし、それに、使うとこもないし、ごはんだってたくさん食べてるし」
この人たちは女の子である私に甘いのだ。だから私もそれに甘えて調子に乗っちゃう。
ちゃんと言わなきゃ、ダメってこと。
「真選組の身にやっかいになってる身分の私が、こんなにもらえない」
下を見て言った。たぶんみんな普段の私との差に驚いてるんだけど、これが本当の自分だ。
「おまえ、どういうつもりで言ってんだ」
土方さんの低い声が響く。近藤さんが「トシ」と静止する。
「ちゃん。俺たちは別に情けで給料をやってるわけじゃないんだ。その働きに見合う対価を渡しているんだ」
「でも、私、教えるの下手で、みんなにも失礼なときあるし、」
「わかってんじゃねえかィ」
顔をあげると、近藤さんは険しい顔をしていて土方さんも同じ。総悟だけが私の言葉にニヤニヤしていた。
言葉が続かないでいると、近藤さんは「じゃあ、あんたは」と言った。
「あんたが来てから変わった奴らの表情を、嘘だと言うのかい」
「表情・・?」
土方さんがあごで私の後ろを指す。振り向けば、みんながこっちを向いて微笑んでいる。
「俺たちは感謝してんだ。強くなることだけに命をかけていたあいつらが、自分で目標を立てちゃんのところで必死に勉強をしている。」
「理由はどうあれ、ね」
「俺、寺子屋じゃすぐ投げ出してたけどよ、今じゃみんなで会議までして問題解いてる」
「はじめはそりゃ女の子と話したかったのもあるけどよ、今は違うよ」
「非番はふらふらパチンコ行くしかなかったのに、ちゃんのおかげで充実してんだぜ」
「減らず口のとこだって、あんたの照れ隠しだろ。俺たちはちゃーんとわかってる」
「毎日夜中まで会議室で書類整理して、風呂遅くなってること知ってんだよ」
「町に行きたかったらいつでも言いなせィ。案内してやらァ」
口々にみんな照れくさそうに言う。その言葉に、なんか目がじいんって染みてくる(照れ隠しではないけど)。
「うぅ・・・あ、ありが、」
「おっ、おいおい泣くなよ!」
「あーあ、あんたたち何女の子泣かしてるのさ。はいはい、もう泣かないの!」
「トミさん・・・」
「よしよし、その給料袋渡しな」
「違うでしょお!」
みんなの優しさで涙が止まらない。
ずっと感じていた距離が、埋まっていく気がする。
もしかして、最初に感じていたあの違和感は、彼らの中にあったんじゃなくて私の中にあったのかもしれない。
ありがとう、私、もっとがんばるね。
2009-03-23