染まるよ



...17



昨日はあれから部屋から一歩も出ずに起きていた。
そしたら朝になった。
そりゃそうだ。

少し緊張しながら廊下を歩く。
目指すのは洗面台。昨日の今日、みんなどうしているんだろう。

ちゃん、おはよう」

いつものように、原田さんに一番に、他の隊士さんにも次々と挨拶される。
列の先を見れば、髪型をチェックする隊士。
恐る恐る顔を見れば、みんないつもと変わらない表情で。ただ、少し心配の色が見える。

「もう大丈夫か?」
「うん、ごめんね。ちょっと怖くて」

苦笑いで返せば、みんな「そりゃ最初は怖ぇーよな」と言って笑った。

「まあここにいればすぐ慣れるさ」
「・・・慣れる?」
「おう!しっかしお前、昨日は惜しかったな。宴会来れなくてよ」
「宴会?」
「祝勝宴会さ。ああいう大きな仕事がうまくいった日には思い切り酒を飲むんだ」
「いつも好きに飲んでるけどよ」

違和感を感じるのは当然のことだった。
私は人の血を見たことさえなくて、でも彼らにとってそれは日常。
久しぶりに感じた、彼らとの違い。
真選組の一員。そう思ってきた、けど。




食堂に行けば、総悟は昨日のことなんて忘れたかのように話しかけてきた。
私は笑って返した。それを見ると、総悟は安心したようにちょっかいをかけてきた。
やっぱり食欲はわかなくて、何口か無理やり口に突っ込めば「もう食べないんですかィ」と驚かれたのにこっちが驚いた。


会議室に行けば、もう非番の隊士さんたちがいて、
原田さんや山崎さんなどなど、昨日の仕事で怪我を負った人たちもいていつもよりかなり人数が増えていた。

ちゃん、ここわかんねえ」
「ちょっと待って、えーと原田さんは6番目ね」
「ええ、そんなに待つのかあ」
「他の問題解いててね」

人数に比例して質問は多くなる。
しょうがないとわかっていても、みんなイライラしているようだった。
きっといつもどおりだったとしても、昨日のことで体はまだ疲れがとれてないに違いない。

「失礼します、お茶もってきましたよ」
「あ、お清ちゃん!気が利くなあ」

会議室にお清さんが入ってきた。
彼女はみんなにお茶を配ってくれた。

「何を勉強されているのですか?」
「え、えーと・・・こんな問題なんですが」

突然話しかけられ、恥ずかしそうに原田さんは計算用紙を見せた。
お清さんは微笑む。

「おもしろそうな問題ですね」
「あの、解けるんですか?!」
「ええ、少しだけ・・・」
「教えていただきたい!」

一斉に原田さんに羨ましいというように視線が向けられる。
もちろん前の人も例外ではなく。

「山崎さん?」
「え!あ!なんでしょう!?」
「なんでしょーっていつもと話し方変わってるよ」
ちゃんこそどうしたの?嫉妬?」

山崎さんにニヤニヤとそう言われて、少し前の原田さんよりもムカッとする。

「もうやだ、教えてやんない」
「あーごめん。教えてさま!」

少し時が経ち、やっと数人の問題が解決して息をつけば、「お清ちゃんすげー!」という声が聞こえてきた。


「わかりやすい!教えるのうまいな、お清ちゃん」
「そんなことないですよ」
「南蛮語とかもできますか?」
「ええ、多少は」
「完璧だな!今度教えてくれませんか」

見れば、お清さんを取り囲んで褒める隊士さんたち。
なんとなく、それを遮るように「次誰だっけ?」と言うと、お清さんが微笑んだ。

「ごめんなさい、いま教えている方が最後でして、みなさんに教えてしまいました」
ちゃん、お清ちゃんすげーよ!教えるの早くてうまい!」
「お、オイ」
「へーそうなんだ、きれいだし頭もいいし女中さんで家事もできるし、言うことないね」
「ほんとにそうだよな」
「今日はもう時間だし、みんな疲れてるみたいだし終わろうか」

そう言うと、隊士さんたちが「えーまだやろうぜ」と口々に言った。

「じゃあ私が教えましょうか、南蛮語でもいいですし」
「南蛮語?ぜひ、教えていただきたい!」

また少し騒がしくなる会議室をあとにする。


孤独感と嫉妬が変に混じって、混乱する。
いままで置きっぱなしにしていた問題が一気に押し寄せてきたみたいだ。

どんどん私の居場所が狭くなる。

わかんないよ、わかんない。



2009-04-05